出版するきっかけとなった「2つの出会い」(REMSLILA:船ヶ山 哲)

こんにちは、船ヶ山です。

前回は、問題をチャンスに変え
実業向けのコンサルを始めた
きっかけについてお話ししました。

本日は、

無名だった僕がどのように出版を
勝ち取ったのかについてお話しします。

これは、今後出版を考えている人には、
非常に役に立つ内容だと思いますので
大切な箇所をチェックしながらお読み
ください。

では、始めていきます。


まず、多くの人が勘違いしているのが、
有名でなければ出版は出来ないと思い
込んでいることです。

しかし、

現実は、まったくの逆です。

有名になってから出版するのではなく
出版したから有名になったという方が
正解です。

これは世の中の著者を見れば分かります。

例えば、

マーケティングで有名な神田先生です。

本が出たことで一気に神田先生の
名前は広がりました。

その他にも、

出版を機に、講演依頼が舞い込んだと
言う著者は珍しくありません。

このように出版と言うのは、人生を
変えるだけのパワーを持っています。

そして、

僕自身もそのパワーは実感しています。

例えば、

出版前は、僕の名前を知る人など
1人もいませんでした。

が、

出版することで、専門性や権威性が
一気に高まり「先生」と呼ばれるよう
になったのです。

ただ、

出版しただけで基本、今までと何も
変わっていません。

しかし、

自分自身は何も変わっていなくても
周りの見方が変わって行ったのです。


では、無名の僕がどのように出版を
勝ち取ったのか?ということですが、

2つの出会いがあったことです。

1つ目は、コーディネーターとの出会い。
2つ目は、著者との出会い。

です。


1つずつ話して行きます。

出版は、コーディネーターがいなければ
どんなにいい内容であっても企画書すら
見てもらえません。

もちろん、コネがあれば別ですが無名の
人間が飛び込みで企画書を見てもらえる
ほど甘い世界ではないのです。


次に、出版が決まった企画書です。

ようは、出版というのは企画書だけで
判断されてしまいます。

その為、

処女作で通った企画書が成否を分ける
のです。

しかし、

コーディネーターもサンプルとなる
テンプレートは見せてくれるのですが、
著作権の関係で肝心な通過した企画書は
見せてくれないのです。

ただ、

僕はラッキーなことに、知り合いに
たまたま著者がいたので、その時の
企画書を見せてもらうことが出来た
のです。

これで、準備は整いました。

あとは、神に祈るだけです。

それから、しばらくして2社から
面談したいと言う連絡が入ったのです。

1社は、大手だったのですが条件が
合わずに却下。

そして、

もう1社は、辛い条件を出されたものの
出版したいということになったのです。

その辛い条件とは、

春の出版に間に合わせるため1ヶ月で
原稿を出して欲しいと言われたのです。

この時は、出来る出来ないなど考えず
「やります」と答えたのです。

ただ、

この時は、やれる自信などまったく
ありませんでした。

なぜなら、

何ともタイミング悪く仕事で地方で
2週間拘束されることが決まっていた
からです。

とは言え、

やるしかありません。残された期間は、
2週間しかないのです。

この間の心境は、何とも言えないもの
だったので、次回にお話しします。

楽しみにしていて下さい。

 

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