人生最初の分岐点(REMSLILA:船ヶ山 哲)

こんにちは、船ヶ山です。

少し昔の話しをします。
今から15年ほど前の話しです。

当時は、職を複数掛け持ち、時間を
お金に換えるそんな日々を過ごして
いました。

そんな中、何の気なしに近所の
本屋に立ち寄ったのです。

いつもは、雑誌コーナーなどに
行くことはしないのですが、

その時は、吸い込まれるように
雑誌コーナーで足が止ったのです。


そこで、たまたま手にしたのは、
「海外で働く」という雑誌でした。

この雑誌は、今では絶版しているですが、
いわゆる「海外の求人誌」です。

ただ、

当時の僕からしたらこの求人情報は、
またとないチャンスに見えたのです。

その時、衝撃に近いものを感じました。

鼓動が高まると同時に、世界の光景が
頭を駆け巡り、いても経ってもいられ
なくなったのです。

気づくと、衝動を止めることの出来
なかった僕は、無謀にも家に着くなり
国際電話をかけたのです。


その当時は、

大して英語が話せるわけでもないのに
ただ勢いだけで、後先考えることなく
電話したのです。

その結果、

カナダの日本食レストランが労働ビザを
出してくれることになりました。


それから僕の人生は、慌ただしくなりました。

まず始めに行ったのは、掛け持ちしていた
仕事を辞め、家の荷物をすべて処分しました。

更に、

結婚を控えていたにも拘らず一方的に
延期をしました。

更に、

勢いだけで海外行きを決めたので、
一番困ったのが、大使館との面談です。

当然、すべて英語で回答しなければ
行けません。

しかし、

これまでに、英語など学んだことのない
僕は海外旅行で少し使った程度の英語を
組み合わせ、苦しまぎれに答えたのです。

その結果、

「仕方ないな」と言われながらも無事、
ビザを取得することに成功しました。


おそらく普通の人であれば、

「英語が話せないとダメかな」とか
「仕事もあるし」などと考えると思いますが、
当時の僕は、勢いだけで突っ走りました。

今考えると、怖いもの知らずに
敵うものはないと改めて思います。

しかし、

若さゆえの無謀さがあったからこそ、
カナダに行くことができたのだと思います。

これが、

僕が始めに迎えた「人生の分岐点」です。

ただ、

これで終わりではありません。

カナダに行って始めて分かった
「ある」ことがあったのです。

そして、

その「ある」ことによって、
帰国を余儀なくされ、日本で
再出発する羽目となったのです。

では、

その「ある」ことについては、
次回、お話しします。

 

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